じ 自賠下回り示談禁止(じばいしたまわりじだんきんし)とは(*専門家向け)
「自賠下回り示談」とは、交通事故の被害者と、加害者が契約する任意保険会社が、自賠責保険で本来受け取れるべき金額を下回る金額で示談を締結することをいいます。自賠責保険は、被害者救済のために法律で最低限の補償を定めた制度であり、この基準を下回る金額での示談は、被害者保護の趣旨に反するとされています。任意保険会社が導入している「任意自賠責一括払い制度」では、任意保険会社が先に任意保険分と自賠責分を合算した金額を被害者に支払い、その後、自賠責保険から自賠責分を回収する仕組みになっています。ところが、示談額が自賠責の認定額を下回ると、自賠責側はその全額の回収に応じず、結果として任意保険会社が損失を被ることになります。また、国土交通省はこの制度において、任意保険会社が行った示談に対して事後審査を実施し、自賠責保険の基準を下回る示談案件については、再示談を行い、自賠責保険の認容額まで再支払いを行うよう指導しています。もっとも、裁判所は自賠責保険の支払基準に拘束されず(最判平成18年3月30日・民集60巻3号1242頁)、理論上「自賠下回り判決」も許容されています。そして、このような下回り判決に基づいて支払いを行った保険会社に対しては、国土交通大臣が自賠法第16条の8に基づく「指示」を行っていません。したがって、交通事故事件で弁護士が訴訟を提起する場合には、事前に「自賠下回り判決」のリスクを検討する必要があります。実務上、このリスクが生じる場面としては、被害者の過失割合が大きい場合や、通院期間がごく短期間にとどまり、裁判基準よりも自賠責基準による支払金額の方が高額になるような場合などが考えられます。
じ 人身傷害保険(じんしんしょうがいほけん)とは
人身傷害保険とは、交通事故でけがをしたり亡くなったりした場合に、実際にかかった治療費や仕事を休んだことによる損失、けがを負ったことや命を失ったことによる精神的・経済的な損害などを補償してくれる保険です。
相手との過失の割合(どちらがどれだけ悪いか)に関係なく、契約で定めた金額の範囲内で実際に生じた損害をカバーしてもらえます。また、この保険では、自分が契約している保険会社から先に保険金が支払われるため、相手との話し合い(示談)がうまく進まない場合でも、長期間の治療や休業が必要なときに早めに経済的なサポートを受けることができます。ただし、精神的な損害に対する補償が加害者に請求する場合の裁判基準よりかなり少ない金額にとどまる点がデメリットです。
補償の対象になるのは、契約している車に乗っていた人(運転者や同乗者)です。契約内容によっては、家族が歩いているときや自転車に乗っているときに事故にあった場合も補償されることがあります。
支払いの仕組みは「実際にかかった損害に応じて支払う方式(実損填補方式)」で、他の保険や加害者から受け取った金額を差し引いた残りが支払われます。補償される金額の上限は、契約時にあらかじめ定められています。
せ 脊髄損傷(せきずいそんしょう)とは
背骨の中を通っている「脊髄(せきずい)」という神経の束が、事故や病気などで傷つくことで、体の動きや感覚、内臓の働きに問題が起こる状態のことをいいます。傷ついた場所より下の部分に症状が出るのが特徴です。原因には、大きく分けて2つあります。
@ けがによるもの(外傷性):交通事故、スポーツ中のけが、高いところからの転落など。
A けが以外によるもの(非外傷性):脊髄の腫瘍(できもの)、血管の病気、炎症、背骨の老化や椎間板ヘルニアなど。
脊髄がどれくらい傷ついているかによって、次の2つに分けられます。
@ 完全損傷:傷の下の部分がまったく動かず、感覚も感じられない。
A 不完全損傷:一部だけでも動かせたり、感覚が少し残っていたりする。
主な症状としては、次のようなものがあります。
@ 体が動かしにくくなる(運動まひ):手足の力が入らない、動かせない。
A 感覚が鈍くなる(感覚障害):痛みや温度、触られた感じがわかりにくくなる。
B 内臓のコントロールがうまくいかなくなる(自律神経の障害):尿や便がうまく出せない、漏れてしまう/血圧が不安定になる/汗が出にくい/体温の調整ができない/性機能に問題が出る。
C 神経の痛み(神経障害性の痛み):焼けるような痛みや、しびれが続く。